2019年5月23日木曜日

遺伝子とうつ病に関する新しい研究

遺伝子とうつ病に関する新しい研究で、過去1000本分の研究結果はまったくの無駄だった可能性が!?(米研究)
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primipil/iStock

 1996年、ヨーロッパの研究者グループが「SLC6A4」という、うつ病の発症率に関連すると考えられた遺伝子を発見した。当時大きな注目を浴びた発見であった。

 これにより、SLC6A4変異型の持ち主はうつ病の発症率が高まると推測された。

 だが当時、DNAの解析機器は今ほど安くも正確でもなかった。ある特質に影響を与える遺伝子を特定するには、優れた推論に基づき、その候補を選び出すよりなかった。

 セロトニンは、気分やうつ病に関連していることが知られており、そのセロトニンを脳細胞に取り込ませる機能を担ったSLC6A4が、うつ病の候補遺伝子である線はきわめて濃厚であった。

 そして、過去20年でこの遺伝子をテーマとした研究論文が大量に発表されてきたのだが、最近、身も蓋もない研究が発表されてしまった。

 これまでで最大かつ最も包括的なこの研究によれば、こうした大量の研究論文はじつはなんの根拠もない話に基づいた砂上の楼閣にすぎないというのだ。

1000本以上の研究が紙クズ同然であると判明

 アメリカ・コロラド大学ボルダー校のリチャード・ボーダー氏とマシュー・ケラー氏は、うつ病に関連すると一般に推測される18の候補遺伝子を調べることにした。SLC6A4はその最有力候補である。

 この研究で用いられたデータは6万2000~44万3000人分とこれまでで最大のものだ。これ基づいて、遺伝子の変異型の中でうつ病患者に一番一般的なものを特定しようと試みられた。

 ところがである、その関係性を示す証拠がこれっぽちも見つからなかったのだ。

 これら18種の遺伝子を取り上げた研究は、うつ病をテーマとするものだけでも1000本以上あった。

 だが、ボーダー氏らの研究が正しいのだとすれば、問題の遺伝子はうつ病とはちっとも関係がないということになる。そんなものに20年という月日と莫大な研究資金が費やされてきたのだ。



研究者が築き上げた砂上の楼閣

 これは手痛い。精神科医のスコット・アレクサンダー氏は自身のブログの中で次のように述べている。
ロクでもないと思わずにいられないのは、遺伝子の関与の有無についての議論だけでなく、問題のあるアイデアの上に完全に砂上の楼閣(さじょうのろうかく)を築き上げていたということだ。

 これまでSLC6A4について、それが脳の感情中枢に及ぼす影響、国や人口グループによるそうした影響の違い、ほかの遺伝子との相互作用といったものが研究されてきた。

 だがアレクサンダー氏に言わせれば、それは「ユニコーンのライフサイクル、ユニコーンの食生活、ユニコーンの亜種、ユニコーン肉の一番美味しい切り方、ユニコーンとビッグフットの喧嘩の詳細な記録を記述した」のと同じようなものだった。

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警鐘は以前から鳴らされていた


 遺伝子学者のキャスリン・ルイス氏(英キングス・カレッジ・ロンドン)によると、SLC6A4とうつ病の関係性については、以前より警鐘が鳴らされていたのだという。

 ゲノム全体を安価かつ正確に解析する手法の登場によって、ほとんどの病気は無数の遺伝子によって影響を受けており、個々にはちっぽけな影響しかないということを、研究者は気づくようになっていた。

 そうした微細な影響を高い信頼性で検出するには、数十万人分のサンプルデータを比較する必要がある。

 だが、それとは対照的に、2000年代に入ってからなされた候補遺伝子の研究における平均サンプル数はたったの345人だ。

 そのような小さなサンプルを用いて、主張されているような大きな影響が発見できたはずがないのである。それらは統計的な力が備わっていないことに起因するただの幻影に過ぎない。


科学に自己修正する力はあるか?


 だが、ルイス氏が言うように、早くから問題を知っていた研究者もいる。

 英ブリストル大学のマーカス・ミュナフォ氏は、初期のSLC6A4研究に大いに感銘を受けたという。しかし、彼がその分野に足を踏み入れると、証拠が非常に薄弱であることに気がつき始めた。

 致命的だったのは、優れた方法で研究するほどに、その遺伝子とうつ病との関係性が乏しくなることだ。

 そして、ようやく2005年になって10万人を対象とする大規模な研究を行ったときには、つながりを示す証拠は何も得られなかった。

 「そうなれば、その候補遺伝子への情熱は冷めると考えることだろう。だが、そうはならなかった」とミュナフォ氏は言う。

 結果が信頼できないことを示す証拠は、研究者が求めるものではなかったからだ。実際、SLC6A4とうつ病に関する研究は2005年以降に増加し、その後10年で4倍にもなった。

 「科学には自己修正能力があると言われるが、候補遺伝子の事例が示しているのは、それは遅々としたもので、とにかく無駄が多いということだ」とミュナフォ氏。

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再現性クライシス――正しさよりも生産性が評価される


 心理学からがん生物学まで、科学の多くの分野が似たような問題を抱えている。ある研究に続く一連の研究の一切が、偽の結果に基づいているかもしれないのだ。

 いわゆる「再現性クライシス」と呼ばれるこの問題の原因は多種多様だ。

 何か面白いものが見つかるまでデータがいじられることもあるし、答えに適合するよう疑問を修正したりすることもあるだろう。

 また不都合なデータはなかったことにして、気にいるデータだけを採用したり、証拠について印象操作をしたりすることもある。

 じつのところ、ごく一部の悪質なケースを除けば、騙すことを目的としてそうされることは稀だ。

 むしろ、一流の学術誌(それらは既存の研究を再調査する退屈なものより、パッと派手な結果を好む)に論文を掲載した科学者を評価する学会において、ほとんど避けることのできない産物なのである。

 しかも研究者は正しいことよりも、生産的であることのほうが評価されがちだ。

 こうしたインセンティブによって、薄弱な研究であっても世に発表されることになり、それらがある程度蓄積されると、確固たるものとして認識される。

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根強い反論


 初期の影響あるSLC6A4研究を行なったアメリカ・デューク大学のテリー・モフィット氏は、候補遺伝子アプローチはすでにほかの手法によって取って代わられていると話す。

 「候補遺伝子に関する研究の相対的な量は減少傾向にあり、やがて些細なものになるだろう」と彼女は言う。

 だが、ボーダー氏はこれに同意しない。確かに、彼らの同僚である遺伝学者の多くは、しばしば歴史的な汚点とみなされるそのアプローチを捨てたかもしれない。

 しかし「ほかの分野の同僚たちは、こうした遺伝子について疑義があることすらつゆも知らないまま、今日までその研究を行なっている」のである。分野間の情報のやり取りはそれほど速やかではないのだ。

 前提条件も変わりうる。

 これに関して特に影響のあった2003年の研究では、SLC6A4の特定の型を持つ人は、ストレスとなる出来事が生じた後にうつ病になりやすいと論じられた。

 それによれば、これらの遺伝子の影響は微妙なものであり、特定の環境でしか発現しない。仮により大規模な研究で、この遺伝子に何らの影響もないという結果が出たのならば、おそらくそれは被験者の経験のせいであるというのだ。

 この主張は8000回以上も引用された。

 ボーダー氏らは事前にその議論を知っていた。そこで、調査に際して、診断方法・重症度・症状の回数・発症した回数など、さまざまな角度からうつ病を計測し、子供時代のトラウマ・成人してからのトラウマ・社会経済的困難といった環境的要因も考慮した。

 それでも関係を見いだすことができなかった。どのような環境であっても、うつ病の発症リスクに影響した候補遺伝子はなかったのだ。


結論を出すには量だけなく質も大切


アメリカ・ノースカロライナ大学グリーンズボロ校のスザンヌ・ヴルシェク=シャルホーン氏は、ボーダー氏らが行なった被験者の経験の評価は十分なものではないと反論する。

 「代表的なストレス評価アプローチに沿って行われた計測であっても、最低記録を表すものでしかない」とシャルホーン氏。

 きちんとしたインタビューではなく、「はい」か「いいえ」だけで済ませてしまう質問票では、遺伝子と環境との関係は完全に曖昧なものになってしまう。ただサンプルサイズが大きいという量だけの問題ではなく、調査の質も大切である、というのが彼女の主張だ。

 しかしボーダー氏は、仮に「致命的な計測エラー」があったとしても、結果はなお有効だと考えている。

 シミュレーションとして、単なるコイントスによって、うつ病の診断の半分と個人のトラウマの記録の半分を入れ替えてみた。それでもなお初期の候補遺伝子の論文に見られた類の効果を検出できるほどに研究のサンプル数は十分大きかったのだ。


科学全体への不信につながる大問題


 似たような議論は別の分野でも繰り広げられている。

 ある心理学者グループがより規模の大きい研究によって従来の結果を再現しようと試みたところ、再現できなかったということがある。だが、それに対する反論は、ただの被験者グループの違いであるというものだった。

 こうした言い訳はやがてなくなったが、ボーダー氏にとっては他人事ではない。

 彼と一緒に研究を行なったケラー氏は、こうした問題が科学全体への不信につながるのではと懸念する。「科学者が無駄な研究結果しか発表しないのであれば、地球温暖化や進化を信じるべき道理がない」と彼は話す。


科学者は教訓を受け止めることができるか?


 彼らの研究は、うつ病と遺伝子はまったく無関係であると言ってるわけではない。きちんと関係する。新しい規模の大きな研究によって、どれが関係しているのかついに突き止められつつあるのだ。

 それどころか、冴えない候補遺伝子アプローチは、より優れた研究手法の発達をうながした。

 「精神遺伝学の分野は候補遺伝子の時代に焼き払われ、同じ過ちを繰り返さぬよう大きく踏み出したようだ」とはケラー氏の言だ。

 こうした事例は、エリートを自認する研究者であっても、貧弱な再現性と無縁でいられず、大量のゴミを生み出しかねないことを示した戒めでもある。

 「我々は正しくあろうとすることが報われるような制度や文化を育てねばならない。過去から学ばない者は、同じ過ちを繰り返すに違いないのだから」とケリー氏は付け加えた。

 この研究論文は『 American Journal of Psychiatry』に掲載された。

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