今年5月6日、ノルウェー人女性ビルギッタ・カレスタッドさんが「狂犬病」で亡くなった。享年24歳。ノルウェーで狂犬病の発病が確認されたのは1815年以来のことで、狂犬病が原因で亡くなったのは史上初めてのことであった。なぜ彼女は先進国ではほぼ撲滅された狂犬病という病気で亡くなってしまったのだろうか。
アメリカのニュースサイトHeavy.comによると事件の詳細は次の通りだ。
彼女は友人と共に2月に休暇でフィリピンを訪れた。友人とモペット(ペダルつきのオートバイ)に乗って移動している途中、彼女は子犬を発見。宿泊先であるリゾート施設に連れ帰り、体を洗ってあげたり、食事を与えたりと世話をした。しかし子犬に指を噛まれてしまう。それは彼女にとって取るに足らない小さな傷であったようで、患部を軽く殺菌しただけで帰国の途についた。
ノルウェーに帰国してからの数週間はなんの症状も現れなかったが、後に彼女は気分の悪さを訴えるようになる。診察をした医師は隣国であるスウェーデン公衆衛生局に血液サンプルを送付、5月4日にようやく狂犬病ウイルスに感染したことを確認した。それから2日後の5月6日、彼女は勤務先の病院の集中治療室で家族に看取られながら亡くなった。
2006年にはフィリピンへの渡航者2名が死亡
日本では、1956年を最後にヒトでの狂犬病は発生していない。動物でも1957年の猫での発生が最後だ。ただし、狂犬病流行国で犬に咬まれ帰国後に発症した事例は、1970年にネパールからの帰国者で1例、2006年にフィリピンからの帰国者で2例ある。
そもそも狂犬病とはどんな病気なのか。厚生労働省や日本獣医師会のウェブサイトを元に解説する。
狂犬病とは、狂犬病ウイルスに感染した哺乳類に噛まれたり、引っ掻かれたり、舐められたりすることで罹患する病気だ。水を飲む時にその刺激で咽頭や全身の痙攣が起こり苦痛で水が飲めないことから、狂水病とも呼ばれている。狂犬病の病原体は粒子の大きさが85×180nmという比較的大きな弾丸状のウイルス。感染源は野犬が大多数を占めているが、そのほかアライグマやスカンク、キツネ、コウモリが感染源となったケースも報告されている。
罹患動物の唾液に含まれたウイルスが体に侵入することで感染。潜伏期は1カ月から3カ月ほどで、発熱や食欲不振、噛まれた部分の痛みや痒みといった症状に始まり、水を怖がったり不安を感じたりといった精神的な作用を催すようになる。症状が重篤になると昏睡し、最後は呼吸困難によって死に至る。
狂犬病は人間の脳や神経系に致命的な感染を引き起こす可能性があり、発症後の有効な治療法はなく、100%死に至る恐ろしい病気だ。狂犬病発生国への渡航には予防接種を
狂犬病の年間死亡者推定数は全世界で約5万5000人。うちアジアが3万1000人、アフリカが2万4000人となっている(世界保健機関 2004年調べ)。
日本国内では1920年代に年間3500件発生していたが、1922年に犬のワクチン接種が義務付けられてからは年間数件まで激減した。ところが太平洋戦争の開戦により、予防接種が疎かになった戦中戦後は、年間1000件にまで発生数が増えている。
1950年代に狂犬病予防法が施行されてからはほぼ撲滅された。1953~1956年までに国内で5人が死亡して以後は、国内が感染源である死者は出ていない。というのも野良犬を隔離し予防注射をした犬の登録を徹底するなどしたからだ。感染した犬の数は1953年に176頭だったのが、1956年には6頭までに減り、その後、報告はされていない。例外的に狂犬病による死者を出したのは、前出ネパールとフィリピンからの帰国者の3例だけだ。
私はインド旅行中に犬に噛まれたことがあるが、学校で飼われている番犬でワクチン接種済みの犬だったので事なきを得た。念のため、狂犬病ワクチンをすぐに注射してもらったが、それでも数カ月の間は発病するのではと恐れ驚いた。
狂犬病発生地域で犬などに咬まれた場合は、発症を予防するためワクチン接種が必要だ。出来るだけ早く接種を開始する必要があり、初回のワクチン接種日を0日として、3日、7日、14日、30日及び90日の計6回皮下に接種する。
狂犬病は日本国内ではまず心配する必要のない病気である。しかし衛生環境の整っていないアジアやアフリカへ渡航する機会がある場合、狂犬病の予防接種を受けておいた方がいい。また現地で動物に接触し傷を作ってしまった場合、大量の石鹸と水で傷となった部分を洗い、ただちに医者にかかり、ワクチン接種を行うべきだ。前出のWHOのデータによると、発病前にワクチンを接種した者の推計は1500万人。処置を間違わなければ充分に救える病気なのだ。
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