2019年6月15日土曜日

「同意なき性交は犯罪ではない」

「同意なき性交は犯罪ではない」現実を知り、動き出した世論
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「Getty Images」より
 相次ぐ性犯罪への無罪判決に波紋が広がっている。4件のうち2件は実父から未成年の娘へのレイプ。司法判断をめぐって議論が深まっている。
 性暴力被害者当事者団体スプリングは5月13日、法務省および最高裁判所へ要望書を提出。性犯罪が不同意のみで成立するよう、刑法の見直しや、裁判官に性暴力の実態と精神医学の知見を踏まえた研修の徹底を要請した。
 同団体が中心となって性犯罪における刑法改正のために集めている署名も、もう少しで4万5000に達しそうだ(6月7日現在)。
 発端となった名古屋地裁岡崎支部による娘を性的暴行した父親への無罪判決は、検察側により控訴された。改めて二審で争われることになる。

  実の娘をレイプし続けた父親の無罪判決

 一連の動きは、実の娘を中2の頃からレイプし続けてきた父親に、今年3月26日に名古屋地裁岡崎支部が下した無罪判決に端を発した。2017年、愛知県で当時19歳だった娘と性交したとして準強制性交の罪で起訴されたのがまさかの無罪になり、物議を醸した。
 準強制性交罪の成立要件のひとつ、同意がなかったことは認められたものの、もうひとつの要件である抗拒不能−−意思決定が奪われ、抵抗が著しく困難になるほどの状態−−ではなかった、というのがその理由だ。
 しかし、中学生の頃から父親に犯され、抵抗すると殴る蹴るといった虐待を受けていれば、恐怖と苦痛から抵抗する意思さえ奪われてしまっていてもおかしくない。
 被害者の女性は勇気をふりしぼり、父を告発した。しかし、裁判所は女性が抵抗できなかったことを認めず、無罪にした。
 ネットでは「父親が子どもに性暴力をふるうのを認めているような判決」「これでは同じことが繰り返されてしまう」「被害者が声を上げられなくなる」といった批判の声が上がり、各地で抗議デモも行われた。

改正前の性的虐待はさかのぼって処罰できない

 実の娘を中学生の時からレイプしていた父親が無罪釈放になる日本の法律は、いったいどうなっているのだろうか。13〜14歳の子どもを性的虐待していたかどで処罰することはなぜできないのだろうか。
 調べてみたところ、親から子どもなどへの性的虐待を処罰する「監護者性交等罪」という刑罰が、2017年の刑法改正(110年ぶり!)で新設されている。監護者性交等罪では18歳未満の者に対して、親などの監護者がその影響力に乗じて性交等に及んだ場合は、強制性交と同様、処罰される(刑法179条2項)。ただ、本件では娘である被害者が当時19歳で、18歳を超えていたため、該当しなかったのだという。
 さかのぼって適用できないのかという疑問がわいたが、日本弁護士連合会・子どもの権利委員会委員を務める安孫子健輔弁護士のツイッター解説によると、刑罰法令の遡及適用は認められないのだそうだ。
 未成年ということでいうと、児童福祉法という法律もある。児童福祉法34条1項6号は「児童に淫行をさせる行為」を禁じていて,違反すれば10年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金に処せられる(児童福祉法60条1項)。
 しかし児童福祉法も、対象となる「児童」は18歳未満の者を指す(児童福祉法4条1項)。
 安孫子弁護士は、「18歳になる前の被害を立証する必要があり、難しかったのではないか。本件では被害者が19歳になっていたので適用はされなかったものの、日本では18歳未満の未成年への性暴力を処罰する立法的な手当ては一応はなされている」と解説している。

性被害を明るみに出し、立証するのは難しい

 とはいえ、本件の被害者の女性のように、18歳未満の未成年の性被害は多くの場合、大人により隠匿されていたり、子どもがうまく説明できなかったり、家族をかばう気持ちとの板挟みになったりで、明るみに出ることが難しい。本件でも、被害者は実の父親による性暴力を19歳になるまで訴えることができなかった。
 報道によると、彼女は6人家族。父母と3人の弟と一緒に住んでいた。小学校の頃から父親に暴行されていたが、母親はそんな父親をほとんど止めず、時には加勢するほどだったので、母親に助けを求めることはできなかったという。
 中学2年生になった頃、父親にレイプされるようになった。反撃するたびに殴られ、蹴られるなどの暴行を受けたという。そんな地獄のなかでも進学への強い意思を持ち、専門学校に進んだのに、言いなりにならないと学費を出さないと金銭的にも脅された。警察に訴えることも考えるが、父が逮捕され、弟らが犯罪者の息子になってしまい生活できなくなることを心配して、踏みとどまっている。
 傷つけられ、追い詰められ、板挟みになった彼女の苦悩はいかばかりであったろう。
 父親は娘が中学生の時からレイプを続けているわけだが、起訴された罪状は、直近の性的暴行に関する準強制性交罪。2017年の8月と9月に、当時19歳だった娘に自分の勤め先やホテルで性的暴行をした罪に問われた。
 先にも述べたが、準強制性交罪が成立するための要件は以下の2つ。
① 同意のない性交
② 心神喪失または抗拒不能(身体的または心理的に抵抗することが著しく困難な状態。たとえば、手足を縛られている、酩酊している等)。
 このうち、裁判所は①の同意がなかったことは認めているものの、②の抵抗が著しく困難な状態ではなかったとして、父親に無罪判決をくだしている。
 「事件の前に大きなアザができるほどの暴行はあったものの、性交を受け入れざるを得ないほどの恐怖を感じさせるものではなかった」という判断だ。

「抵抗できない」からといって、「同意」しているわけではない

 事件の前に大きなアザができるほどの暴行があれば、恐怖から抵抗できなくなっても不思議ではないだろう。
 また、朝日新聞の記事によると、公判では「女性が心理的に抵抗できない状態にあった」という精神科医の鑑定も提出されたという。判決はこれを採用しつつも、「法律上の抗拒不能とは異なる」と判断した。
 「“同意”と“理解”が混同して使われているのではないか」と疑問を呈するのは、明星大学准教授の藤井泰氏。
 「虐待を受けている子どもはその状況を“理解”はしても、受け入れて“同意”しているわけではない。同意がなかったと認定しているのであれば、抵抗できないことを理解しているということを元に判断するべきではないか」とAbemaNewsで指摘している。
 実父から13歳から20歳にかけて性暴力を受けた性被害サバイバーで、冒頭でも紹介した性暴力被害当事者団体、スプリング理事の山本潤さんは、「抵抗などできない」と訴える。
 性被害にあった人が恐怖から凍りついてしまい、抵抗できない心理メカニズムを、山本さんの著書『13歳、「私」をなくした私』(朝日新聞出版)から以下、引用する。
<トラウマになるような「死ぬかもしれない」と思わされる出来事に遭遇すると、人間の身体は生き残ることに全てを集中させる。脳のスイッチが切り替わり、人間がサバンナにいたころから用いてきた生き残り戦略が優先されるのだ。
 そして、逃げることも戦うこともできないとき、もうひとつの自衛策としてフリーズ(凍りつき)が起こる。医学生物物理学博士で心理学博士であるピーター・リヴァイン氏は、フリーズ(凍りつき)も逃走や戦闘と同じように、生き残るためには普遍的で基本的なものだと述べている。>
 本件の19歳の被害者の女性も子どもの頃から父親に暴力をふるわれ、中2のときからレイプされ続けた。怖さから凍りつき、抵抗できなかったであろうことは容易に想像がつく。しかも、それを裏づける精神鑑定書も裁判所に提出されていたという。それでも「抵抗が著しく困難だったとは言えない」となった。

子どもの証言は信用できない?立証が難しい家庭内性犯罪

 性暴力事件無罪判決は本件のほかにも、今年3月に3件、相次いだ。
 そのうちの1件、静岡地裁のケースも、実父による12歳長女への約2年にわたる強姦だったが、「唯一の直接証拠である被害者の証言は信用できない」との理由で無罪になった(4月10日までに検察側が控訴)。
 家庭内というのは外からはうかがい知れないブラックボックスだ。そのなかで親から子に虐待や性暴力がふるわれた場合、もう片方の親が助けようとしない限り、子どもの証言だけでそれを立証するのは難しいだろう。子どもは傷ついて混乱しているだろうし、まだ状況をはっきりと説明する力も備わっていないことだろう。でも、それで子どもの言うことに信憑性がないと取られてしまうと、救えたかもしれない子どもをまた地獄に送り返すことになってしまう。
 一方、残り2件の性犯罪無罪判決は大人の男女間の係争だったが、いずれも同意のないこと、抗拒不能は認められたにもかかわらず、被告人男性側に「故意=罪を犯す意思」が認められなかったということで無罪判決が出ている。

子どもの保護が立ち遅れている日本の法律

 抗拒不能といい、故意の認定といい、日本の性犯罪の成立要件は厳しすぎるのではとの声が上がっているが、海外ではどうなっているのか。
 国際人権NGOヒューマンライツ・ナウが2018年に行った10カ国(日本、米国、カナダ、イギリス、フランス、ドイツ、スウェーデン、フィンランド、韓国、 台湾)の性犯罪に関する規定の調査によると、どの国も日本より進んでいることが判明したという。
 多くの国が暴行・脅迫という要件をなくし、同意なき性行為を性犯罪としている。また、信頼関係や依存関係からイヤと言えない関係を悪用した場合もレイプが成立するとしている。
 スウェーデンでは過失レイプ罪も新設。相手が自発的に性行為に参加していないリスクがあると気づくべき状況にいながら行為を続けた場合などに4年以下の拘禁刑に処される。
 国際人権NGOヒューマンライツ・ナウは、多くの国で子どもへのレイプは大人へのレイプより重い処罰が課されているのに、日本では子どもに対するレイプの重い処罰がないことを指摘。しかも日本の性交同意年齢(=同意の有無にかかわらず性行為をしたら犯罪になる年齢)が13歳と、イギリスの16歳、フランスの15歳と比べ、驚くほど低く設定されていることを指摘し、改善を求めている。
 2017年の刑法改正で導入された18歳未満の未成年への監護者性交等罪 (刑法179条) に関しても、「監護者」の範囲は狭く、「監護者」にあたるのは、親権者、後見人など法律上の監護権を有する者や、養護施設の施設職員など。年長者や教師、習い事等の指導者が地位や権限を利用した場合の性行為は、犯罪とされていないのだそうだ。
 性暴力は上下関係につけこまれて起きるケースが多いのに、「監護者」の定義がそんなに狭くては、法の網目から抜け落ちてしまうのではないか。ヒューマンライツ・ナウでは子どもに対する地位を利用した性行為の処罰対象化を勧告している。
 性暴力は存在しているのに、性犯罪をなかなか立証できない……。被害者が子どもの場合は特にそうだ。話の信憑性が疑われて泣き寝入りするケースが多い。被害者が大人の場合も、警察で取り合ってもらえなかったり、起訴できなかったりして、一人で苦しみを抱え込み、PTSDやうつ病に苦しむ人も少なくないという。
 しかし今回、名古屋地裁での娘を強姦した父親の無罪判決、および一連の無罪判決がきっかけとなり、ようやく世論が動き出した。抗議デモをはじめ、被害者団体や人権団体がアクションを起こしている。声なき声が、少しずつだがうねりとなりつつある。

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